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【後編】アートにとりつかれた夫婦の40年の死闘 妻:乃り子の話

PEOPLE

Photo by Omi Tanaka

ドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』で話題となった芸術家夫妻、篠原有司男(しのはらうしお)と乃り子。

前編では強烈な個性を持つ夫、有司男のアートに対する思いを探った。後編では彼と40数年もの長い間ともに歩み続けてきた妻、乃り子の思いにスポットを当てる。

「有司男と結婚したのはね、アートのためなのよ」

Photo by Omi Tanaka

「(有司男と)出会わなかったら、私は本当に幸せな人生を送っていたでしょう」
そんなことを笑いながらさらりと言ってのける乃り子。そう言えるまでにどれだけの苦労があったことだろう。

乃り子はアーティストを夢見て19歳の若さで渡米。
しかし有司男との結婚でアル中の夫との間に生まれた幼子の世話に追われアートどころではなくなってしまう。夫、有司男との離婚は考えなかったのだろうか。

「別れるのには収入がいるじゃない。別れてどこかに行こうにも、飛行機代はおろか、空港へ行く電車賃すらなかったのよ。別れるなんて贅沢(Luxury)の極み」

一番辛かった時期を尋ねると「子供が3歳までがきつかった」と語ってくれた。
「夫はアル中でしかも子育ての一番大事な時に理解をちっとも示してくれなかった。当時はお金がなくて地下鉄にも乗れず、朝起きるとまず考えるのは「今日のミルク代どうしよう」。あの時代 が一番暗かったですね」

そんなどん底を乗り越えてきた原動力はアートにあった。彼女は生活費を稼ぐためにアート以外の別の仕事をすることを選ばなかった。
「それ(別の仕事)をやっていたら、すべてを捨てなければいけなかったでしょう。絵描きになる夢も。かろうじて夫婦としてくっついていたから、何とか一緒に乗り切って行かないと、との思いも続いたし、何と言っても、アトリエに落ちている紙の端にでも絵を描くことはできた」

Photo by Omi Tanaka

有司男と別れて別の仕事につけば、生活面でも精神面でも、そして何より子供のためにも良いかもしれない、という葛藤もあった。しかしその度にそれを思いとどまったのにはこんな思いがあった。

「自分はなぜニューヨークに来たのか?なぜ有司男と一緒になったのか?それはすべてアートのためだったわけでしょう?と、最後にはいつだってそこに思いが至ったわけです」
彼女は有司男と別れなかった理由について、決して「有司男が必要だったから」とは言わない。 けれど大切なことは何かを考えたとき、アートと有司男はつながっていた。

Photo by Omi Tanaka

彼女のアーティストとしての人生を大きく変えたのが、映画のタイトルにもなったキューティーというおさげのキャラクターだ。テレビ番組の仕事でペルーのクスコを訪れたときに、現地のインカ族の女性たちがしていたチャーミングな三つ編みが印象にあり、彼女たちを真似ておさげをして近所に出かけると”Hi, cutie!” と声をかけられた。

「その時、私、49歳。『この年でもキューティーか!いいな』とひらめき、以来、この髪型が私のトレードマークになったんです」

それから5年後、そのおさげの少女を主人公に「アーティストの夫の横暴に仕返しをする」ストーリーを描いた作品をグループ展に出品した。それがキューティーというキャラクターの始まり。
その夏に描いたコミックを3年後に見た映画のザック監督が感動し、これをアニメーションにして映画に挿入、さらにタイトルにも使用した。

Photo by Omi Tanaka

それまでの彼女は絵を描く時に、つねに西洋絵画の巨匠たちを意識して描いていたという。

「でも、キューティーが生まれてからは、もはやそういう「フォロー」は必要なくなった。これが「自分で作り出したアート」だって自信がついたんです。だから、キューティーで初めて私は自分が絵描きだって恥じることなく言えるようになりました」

彼女にとってアートとは何か、と尋ねると「ミステリー。あるいはマジック」と返ってきた。

「アートというのは日常じゃないわけ。宗教でもない。よく分からない謎。だけど何か心を掴んで離さない。そのマジックに虜になると、たとえ生活がボロボロでも続けるしかないわけ」
彼女もまた己のアートを求めることをやめられない、アートのマジックに取り憑かれた人間のひとりなのだ。

Edited by HEAPS media

 
 

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